こころに引っかかる棘|香珈房Blog     

2015年2月22日日曜日

こころに引っかかる棘

お礼状を書くのが苦手です。
仕事上のことであれば、失礼のないようにと文例を参考にアレンジして早めに出すのですが(事務的ではありますが・・・皆さんもそうですよね・・・あれ?違う?)特にある程度親しい人になると途端に難しくなる。
文例にあるような堅苦しい表現だと伝わらない気もするし、かといって感謝を自在に表現する文才もない。
そもそも筆不精なものでお礼のお手紙でも書かなければと考えること自体ストレスになって、今度お会いした時に直接―とか、多分また近いうちにお会いする機会もあるだろう―とか自分の中で理由を付けてずるずる先延ばしにしてしまう。
そのうち忘れられたらいいのかもしれませんし(おい)実際忘れちゃってることもあるのかもしれませんが(こら)以外と心の片隅にずーっとあって事あるごとに思い出す。
そんな風に感じている人は意外に多いのかもしれません。作家の小川洋子さんもその一人のようで、ご自身のエッセイの中であの人に手紙を書かなければという思いを心にひっかかる「棘」と表現してこう書いています。

 「さっさと書いてしまえばすっきりする話なのに、なぜかそうできないのが不思議なところだ。最初の二、三週間、書かなければの思いは具体的で立体的で、臨場感を帯びている。ヒリヒリと差し迫った痛みさえ伴っている。棘はまだ皮膚の表面にとどまり、ほんの少しの手間をかければ容易に引き抜くことができる段階、といえるだろう。ところが一か月を迎えるあたりから、痛みの様子は変化しはじめる。すぐそこにあるはずの棘が、とらえどころのない場所へ潜り込み、痛みの度合いは変わらないにもかかわらず、その輪郭は抽象的に複雑化してゆく。棘の先端は既に、皮膚の下に埋もれている。
 この時点なら十分挽回可能だったのに、と後々私は知ることとなる。棘はただひたすら、奥へ奥へと進んでゆくばかりだ。」

なんと的確で素晴らしい表現だろうと思う。いやこんな作家さんでさえ手紙を書くのを先延ばしにしてしまうならまして私なんぞ・・・とまた言い訳をしてしまいそうになりますが。

先日ついに、数年来(!)感謝をお伝えせねばと心の片隅にずっと思っていた方々にようやく、お礼を手紙とともにお送りすることが出来ました。遅すぎるし、自己満足かもしれませんが、深く深く埋もれた棘がようやくなくなってすっきり。


機会を頂き、そしてまとめて送った荷物の配達役を快く引き受けてくださった友人に心より感謝します。


引用:小川洋子「カラーひよことコーヒー豆」(小学館文庫)114-115p